東京地方裁判所 昭和26年(行)31号 判決
原告 清宮五郎
被告 東京都地方労働委員会
一、主 文
原告の訴はこれを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告が、申立人原告、被申立人東京アーミー、カミサリ、ストア管理人保坂隆之助間の昭和二十五年(不)第二一号不当労働行為申立事件につき、昭和二十六年四月九日付なした申立却下の決定は、これを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。原告は昭和二十四年十一月五日頃から燃料及び食料品の販売供給をなす東京アーミー、カミサリ、ストアのいわゆる「グリース、ボーイ」として勤務し、連合国軍のサーヴイスに従事してきたが、昭和二十五年七月十九日同所管理人保坂隆之助から同月二十日付をもつて懲戒解雇の申渡を受け、その理由としては、原告が、「(一)軍全体に対するサーヴイスに欠けている、但しこれは勤務状態、技能並びに出勤成績には関係がない。(二)技能、能力において監督将校の望む標準に達していない、(三)顧客に脅迫を加えた。(四)能力を有しているが、その能力を出さずに怠つた。」というのであつた。
しかしながら、右解雇の理由は前後相矛盾し且つ虚構のものであるばかりでなく、この措置は、ひつきよう原告がかねて職場における不当な低賃金、不衛生な環境及び極度にわるいその他の労働条件を改善し、人間的な待遇を主張せんがため、労働組合を結成せんとし、活動したところから、右管理人が前記理由を仮装してなした不当労働行為であることが明らかであるから、原告は昭和二十五年七月中管理人保坂を相手方とし被告に右解雇通告の撤回を求める救済の申立をしたが、被告は荏苒十ケ月にも及ぶ間充分な審査も行わず、昭和二十六年四月九日付決定をもつて、原告の申立を却下した。しかして、右決定の理由とするところは、要するに「原告に対する解雇は、連合国軍自体の権限により正当に発動された措置であつたことが認められる。すなわち、一九四五年九月三日付連合国最高司令官の指命第二号及び一、九四八年三月三十一日付「占領軍の需要に割り当てられた資金の支出に関する覚書」に定める権限に基き連合国軍は労務者につき賃金その他給与の支払を確認し又解雇その他労働条件の決定をすることができることになつており、本件解雇はこの権限に基いてなされたものである。しかして、かかる権限に基きなされた軍の決定は労働組合法の規定に牴触する限りそれに優先するものと解される。すなわち、本件申立は被申立人が当事者適格を欠くばかりでなく本件の核心をなす解雇自体が軍の権限に基く正当な行為であつて労働委員会の判断の対象とならない。」というにある。
しかしながら、右の判断は、本件解雇をもつて連合国軍自体の権限により正当に発動されたものとなす点において、基本的に誤つている。
そもそも、原告のように連合国軍の需要に応じそのため労務に服するいわゆる「連合国軍関係使用人」は、昭和二十三年十二月二十一日国家公務員法改正に当つて同法第二条第三項の特別職に加えられた国家公務員であり、同法附則第十六条によつて労働組合法、労働関係調整法、労働基準法の適用があるもので、これら法律及び民法の適用上、その「使用者」となるものは、いうまでもなく日本政府機関であるから、その労働者の解雇を行い、これについて責任を有するものは、もとより右「使用者」たる日本政府機関である。
ただ、現実に労務の供与を受けるものは連合国軍関係現地機関であるが、同機関が「使用者」として直接労務者の解雇を行う権限を有するものではない。
実際取扱上も、右のような労務者の「解雇予告手当の支給条件の認定」等については、日本政府機関に監査の義務が負わされており又現地軍から解雇の指示がある場合でも、解雇の事由について疑義があるときは、労務管理機関において、手続前、労務士官に協議の上善処すべきことになつていることなどいずれも解雇の権限及び責任が日本政府機関にあることを裏書きするものといえよう。もとより、被告の掲げる指令及び覚書はなんら連合国軍が直接に解雇その他労働条件の決定をする権限のあることを定めるものではない。
しかして、原告は、現実に前記のとおり日本政府機関の下にあつて事実上原告等の人事を扱う管理人保坂から解雇の通告を受けたものであり、しかもその理由とするところが虚構で、原告の労組結成運動を理由とするものである以上、労働組合法第二十七条に基き右管理人を相手方としてなした原告の不当労働行為の救済申立はそれ自体なんら違法ではなく、被告は進んで原告申立どおりの救済命令を発すべきであつたのに前記理由によりたやすく右申立を却下したのは明らかに違法である。
よつて原告は本訴によつて右処分の取消を求めるものである。なお、原告は右決定に対し中央労働委員会に再審査の申立はしていない。
被告代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、次のとおり述べた。
原告主張の事実中、原告がかねてその主張のような業務を営む東京アーミー、カミサリ、ストアの「グリースボーイ」として勤務してきたところ、昭和二十五年七月十九日、同月二十日付で懲戒解雇の申渡を受けたこと、よつて、原告が同所監理人保坂隆之助を被申立人として右解雇につき被告に不当労働行為の救済申立をなし、被告が昭和二十六年四月九日付決定をもつて原告主張のような理由により申立を却下したことはいずれも認める。しかし、その余の事実は争う。
原告は、占領軍のため労務に服するものとして日本政府機関において雇用せられ、前記ストアに勤務してきたものであるが原告に解雇を言い渡したのは前記管理人ではなく、同所のバージエス少佐である。
又解雇の主たる理由は、「能力を有しているが、その能力を出さずに怠つた。」というのである。
なお、解雇通告の内容は、解雇手当を支給せず、連合国軍関係機関には再採用されない、その非雇用期間は六十日に延長する、というもので、真実、懲戒的のものであつた。
原告は、前記のように、管理人保坂を被申立人として不当労働行為の救済申立をしたものであるが、同管理人は解雇その他労働条件を決定するなんらの権限を有せず、単に右バージエス少佐の解雇言渡に立ち合つたものである。
以上の事実は、被告委員会の調査の結果、明らかであつて、これによると、前記決定にも掲げたとおり、本件解雇は、軍自体の権限により正当に発動された措置であり、この権限に基く軍の決定は、労働組合法の規定に牴触する限り、それに優先するものである。従つて、原告に対する解雇の当否は労働委員会の判断の対象とならないのみならず、原告の前記申立は、被申立人が当事者適格を欠くものである。
然らば、被告委員会が原告の申立を却下したのは当然でありこれを違法とする原告の主張は理由がない。
三、理 由
原告が、かねて、その主張の業務を営む東京アーミー、カミサリ、ストアの「グリース、ボーイ」として勤務し、連合国軍のサーヴイスに従事してきたところ、昭和二十五年七月十九日、同月二十日付をもつて懲戒解雇の申渡を受けたこと、そして原告がその主張のように右解雇を不当とし、不当労働行為の救済申立をなしたこと、そして被告が昭和二十六年四月九日付で、原告が掲げたような理由により、右申立を却下する旨決定したことは、いずれも当事者間に争いがない。
よつて、まず、職権により、本訴の適否について考えるに、原告は被告に対し不当労働行為の救済の申立をなし、申立却下の決定を受けたが、中央労働委員会に再審査の申立をなすことなく、直ちに、当裁判所に右決定を違法とし、その取消を求める訴を提起したものであるが、労働組合法第二十五条第二項によれば「中央労働委員会は………第二十七条の規定に基く地方労働委員会の処分を取り消し、承認し、若しくは変更する完全な権限をもつて再審査し、又はその処分に対する再審査の申立を却下することができる。この再審査は、地方労働委員会の処分の当事者のいずれか一方の申立に基いて、又は職権で、行うものとする。」とされ、又同法第二十七条第九項には「この条の規定は、労働組合又は労働者が第二十五条の規定により中央労働委員会に再審査の申立をすること、又は訴を提起することを妨げるものではない。」と規定されているところから見ると、中央労働委員会は地方労働委員会のなした申立棄却の命令については勿論申立却下の決定についても再審査を行ういわゆる訴願庁に該当し、労働組合又は労働者はこの再審査の請求をすることができるものというべきであるからこれらの場合においては、行政事件訴訟特例法第二条の定めるところにより原則として、右再審査の申立に対する命令又は決定の終局的処分―特例法にいわゆる訴願の裁決―を経た後でなければ、取消訴訟を提起することはできないものといわなければならない。
ただ労働組合法第二十七条第三、四項によると、使用者は、地方労働委員会の命令に対し、その交付の日から十五日以内に再審査の申立をするか、又は右再審査の申立をしないときは、当該命令交付の日から三十日以内に行政事件訴訟特例法の定めるところにより訴を提起することができることとなつておるのであるから、労働組合又は労働者も同様に、地方労働委員会の命令又は決定の処分に対し直接訴を提起することができるのではないかとの議論がありうる。
しかしながら、特例法第二条はいわゆる訴願前置主義の基本原則を定めたものであるから、前記労働組合法第二十七条第四項のような特別規定がある場合は格別、しからざる限り、一般には、右原則によらなければならないものであり、いわゆる「訴願の裁決」を経た後でなければ、処分の取消(又は変更)を求める訴を提起することはできないものである。
そして労働組合又は労働者が地方労働委員会の処分に対し直接右取消(又は変更の)訴訟を提起することができる旨を定めた規定はどこにも見当らない。
前記労働組合法第二十七条第九項の規定も訴願前置の原則に対する特則を定めたものと解すべきではない。けだし、同条はその「訴」がいかなるものであつたにせよ訴願前置の要否については、なんら規定するところはないものというべきだからである。
従つて、労働組合又は労働者が労働委員会の処分について提起する取消訴訟においては特例法第二条を排除する旨の明文規定がなく、又、使用者の提起する訴について特則があるからといつて、これを類推して同様に扱うことの許されないことも、手続規定の性質上当然であるといわねばならない。
ところで、これを実質的に考えても、不当労働行為の救済により直接利益を受けるものは、いうまでもなく労働組合又は労働者であり、使用者はその命令を阻止し又はこれを争う立場にあるものであるから、使用者が地方労働委員会の発した命令に対し、これと同一系列にあるものといえる中央労働委員会に再審査の申立をせず直ちに第三者機関たる裁判所に提訴し、その判断をまつにしくはないとしてもあながち理由のないこととはいえないものである。(労働者側にとつても、この場合、訴によつて命令の効力が当然には停止されず、出訴期間の制限もあり又地方労働委員会から緊急命令の申請ができるということであれば、不当に永く不安定の状態に放置されることにもならない。)しかるに、他方労働組合又は労働者は地方労働委員会によつて救済が与えられなければ、中央労働委員会に再審査の申立をし救済命令を受ければ一応足るのであり、あえて、地方労働委員会の処分を取り消す判決を求め、勝訴の上あらためて地方労働委員会の救済命令を求めるという、むしろ迂遠な方法をとらねばならないとする左程の必要も理由も見当らないものといわなければならない。(もつとも、中央労働委員会に再審査の申立をすることは、遠隔の地方にあるものにとり、事実上多少とも不便であり、この点地方労働委員会の処分に対し、直ちに管轄裁判所に提訴できることは、もとより好都合で殊に特例法第十二条により地方労働委員会に対しても判決の拘束力が及ぶというのであれば尚更である。しかしながらかようなことは、訴願一般についていえるところであり、いやしくも訴願前置の原則が設けられ、それが立法論としてはともかく、現行法上容認せられるものである以上、これを排除する程強い理由とはならないものといえよう。)
以上の次第であるから、労働者は原則として地方労働委員会の決定に対し、直ちに行政事件訴訟特例法による取消訴訟を提起することはできないものであるのに、原告は前記のように、あえて地方労働委員会の決定に対し直ちに出訴したものであり、特に同法第二条但書に定める再審査の処分を経ないことについての正当事由も見当らないのであるから、原告の本訴は右特例法第二条の規定に違反し適法要件を欠くものといわなければならない。よつて爾余の点についての判断を省略し、本訴を却下することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する次第である。
(裁判官 脇屋寿夫 三和田大士 緒方節郎)